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Gaao Line's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

ロバート・ピカード ハゲの伝説

注:このエントリは旧サイトからの転載です。

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ロバート・ピカードという俳優がいる。1953年生まれ。白人男性(恐らくイタリア系)。彼は1995年から2001年まで放送された『スタートレックヴォイジャー』に、ドクター役でレギュラー出演し、ユーモラスな演技で人気を博していた。右の写真が放送時の彼のポートレイトだ。この写真から受けるのは、知的でやさしいおじさんという印象だろう。ヴォイジャーのギャグメーカーとしてカルトなファンのあいだではすっかり定着した彼だが、彼はヴォイジャー出演の前に、実は別の有名な作品でレギュラーの座を得ていた。それが、『チャイナ・ビーチ』である。ピカードはそこで、現在の彼からは想像もつかない役を演じていたのだ……。



チャイナ・ビーチは、1988年から1991年の3年間、アメリカのABCで放送された、ヴェトナム戦争をテーマにしたドラマシリーズである。『L.A.ロー』などと時を同じくするこの初期の“クオリティドラマ”は、レギュラーのディレクターにミミ・リダーがいるほか、マイケル・ハルコムらの名前も見え、クオリティドラマの代表格となるERの原型的要素も多い。

舞台はタイトルと同名の南ヴェトナム海岸にある米軍の医療・娯楽センター。主人公はアメリカ海兵隊の女性従軍看護士。戦争の前線ではなく、その周辺部から戦争の悲惨な真実を描き上げた意欲作であったという。ウェブにある数少ない資料によれば、レギュラーキャストに薬物中毒の娼婦がいたり、主人公もアルコール依存症を抱えるという、かなりハードなドラマであったようだ。

トンプソンの著書によれば、番組は第2、第3シーズンと人気を博し、ゴールデングローブ賞でベストTVシリーズに選ばれたものの、ABCの無理な時間編成に巻き込まれ、また、番組の表現方法も少々複雑化しすぎたようで、第4シーズンで急激に視聴率を失い、消えていった。

ロバート・ピカードは、番組の中で主人公の上司にあたる軍医ディック・リチャードとして、第1話から最終話までレギュラー出演していた。

この歴史の隠れた1ページとも言えるドラマを、私はニュージーランドのUHFチャネルで偶然観る事ができた。そこで私を釘付けにしたのは、私の知っているヴォイジャーの彼とはかけ離れた、ロバート・ピカードの姿であった。



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これが、1988年、放送開始時のロバート・ピカードである。彼の熱意を秘めたまなざしを見て欲しい。そして、彼の頭。豊かなその髪を! 第1話のドクター・ディック・リチャードとしての彼は、冷静な手さばきで瀕死の兵士達を救う、どことなくジョージ・クルーニーをも連想させるクールなナイスガイ(恥かしい言葉)だったのだ!

ヴォイジャーに出ていた2001年の彼から、この役柄を想像するのは、絶対に無理だ。ピカードは私の確認した限り、ヴォイジャーの傍ら2つの作品にゲスト出演している。映画『スモールソルジャー』では、エキセントリックなハイテク技術者を演じていた。ドラマ『アーリーエディション』では、ヴォイジャーの彼からギャグを抜いたような少々頑固な普通の医師を演じていた。どの役にも、クール、などという言葉は合いはしない。理由は簡単。彼の外見が、それを許さないからだ。それに比べて、この写真の彼は、少々額は広いものの、十分女性にポジティヴなアピールを出来る外見である。

激しいショックを受けた第1話の後、番組の放送時間が土曜の午後5時であったことや、UHFで画面の映りが悪かったことなどの理由から、私は続くエピソードを殆ど観ることがなかった。



それから2ヶ月後、久しぶりにチャイナ ビーチを観た私は奇妙な違和感を感じた。私の観た第8話はこの番組の第1シーズンフィナーレに当たる。ロバート・ピカードは今回は脇役で、ほとんど出番が無かったのだが、その3,4回の画面への露出で、彼は、必ず帽子をかぶっていたのだ。各シーンは全く違う状況であったと記憶している。なぜ、全く違うシーンなのに同じ帽子をかぶっているのか? 第1話ではそんな事はなかったはずだ。

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右の写真をご覧頂きたい。彼の頭に、なんとなく違和感を感じないだろうか? 彼の隣にいるのは作品の主人公、ダナ・ディレイニー演じるコリン・マクマーフィ従軍看護士である。彼女の髪型から推測するに、これは第2シーズン以降に撮られたものだろう。光源位置の影響で、ピカードの頭頂の髪全体が輝いて見える。これは、表面の反射のみでもたらされた効果なのか? それとも……後ろに当たった光が、髪を透過して中から光っているのか!? 疑いすぎ? では次の写真を見ていただきたい。


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これだ! ピカードの胸毛が中途半端に濃いことも気になるが、彼の頭に載っているトリブルみたいな茶色い塊は一体なんだ!? まるでペイントソフトでテキトーに書き足したような髪の毛である。彼の頭の上を指で隠せば、現在のピカードと殆ど変わらない。周辺のキャストと、右下のダナ・ディレイニーの髪型から推測するに、これは上の写真のさらに後、と見なしてよいだろう。シリーズ後半、彼の髪はここまで後退するのだ。

強調しておきたい。チャイナ・ビーチの放送は、1998年4月から1991年7月。3年で終わっている。すなわち、ピカードはたったの3年のあいだに、クールなナイスガイからギャグメーカーのハゲオヤジへと、一直線に超音速で凋落していったことになる。そして1994年、チャイナ ビーチ終了からたった3年後、彼は完璧な一人のハゲとして、スタートレックヴォイジャーのオーディションに臨んだのだ……。



シリアスなTVシリーズでのレギュラー。クールな役柄。人気ドラマの放送の真っ只中で、自分の髪が日を追って薄くなってゆくのを見て、ピカードはなにを考えていたのだろうか……。

今この文章を書いている私は、20余年の人生を過してまだまだ十分すぎる髪の毛を持っている。ハゲは隔世遺伝という説を信じれば、70を過ぎてからやっと自分の頭を気にし始めた祖父のことを考えると、かなり安心していられる。おかげで、どのように人がハゲるかなどとは一度たりとも考えたことが無かった。しかし、ピカードの事象を見て、これがもし自分に起こったらと思うと、恐怖せずにはいられない。人は、わずか3年で、髪を失い得るのだ。