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farsite / 圏外日誌

Gaaoline's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

電話あれこれ

部屋に電話機が欲しいんだが、買えなくてちょっと本気でイライラしてる。どこの家電屋いってもファックスやら子機2台やら着信音40種やら挙句の果てに「今がLモードをはじめるチャンス!」とかで、どいつもこいつも12000円~24000円。一番安くて6000円。単機能の電話はもうメーカーが作ってないんだと。

アホか。せっかくNTTがやっとほーんの少し悔い改めて加入料安くしたっつうのに、機械が高くなってどうする。

単機能のは中国でしか作ってないんやったらもっと大量に輸入して電気屋の棚に歯ブラシの如く吊るしといてくれ。 ニュージーランドじゃそうやって買った。あの輸入電化製品が槍ヶ岳の如く高いことで有名な孤島国家ですら、2000円程度で買えたのに。陰謀か? バカ高いモノだけ買わせて搾取しようとする家電帝国の陰謀なのか?

結局ケンウッドの展示品を値引いて買ったが、それでも5500円。留守電機能に意味も無くデカい液晶モニタ付きで、別口電源とらないと動きやしない。更に受話器を上げてボタンをプッシュしてもつながらん。どこのボタン押せば発信になるのかひっしにマニュアル読み。ああんもう。せめて笑えるオチを付けてくれ。 イライラするだけで終わりかこの電話。

 

 

どうでもいいけど。

なんで電話に「出る」なのか。“戸口に出て対応する”と同じコンテキストで、出る、か。電話を「かける」は、もともと「かける・かかる」が複雑な語だけあって微妙なところ。とりあえずココに考察がある。

考えてみれば、電話に関する動作の語は、電話のもとが発明された1876年(或いは電信が発明された1837年まで遡れるか)以降にほぼ全世界同時的に生まれたわけで、各言語のコンセプトの違いが見えるようでおもしろい。

英語で「電話に出る」は、"to answer the phone" が辞書に載ってる。テレフォンの口語形“フォン”が元来“音”という意味だけあって、「電話の音に答える」という意味合いか。「かける」方は、 "to call (somebody)" とか "to make a phone-call" てのもありか。前者そもそも電話と言う単語が入らずただ「呼ぶ」だけだし、後者は「電話をかけること」が名詞として扱われていて、どちらも日本語的にはわかりづらい。まあ「相手を呼ぶ」という意味合いで "to call" が一般的なんだろうと思う。"telephone / phone" そのものが動詞としても使われるが、これは "do telephone" と同じと見て「電話する」に対応するのでは。

中国語では「出る」は“接電話”。受話器に接するからか、それとも「接続する」という意味か。電話をされた方がする方に答えることではじめて音声回線が接続されるわけで、「出る」が“接”は、日本人からしても漢字的に筋が通ってみえる。ただわからんのが「かける」の“打電話”。まさか中国最初の電話がプッシュフォンだった、なんてことはあるわけない。中国語の“打”は、日本語の「かける」と同じぐらい(かそれ以上に)意味が幅広い語なのではと勘繰る。

というのは実は似たような表現で“打飛機”という言い回しを知っているからだ。別に飛行機を打つわけではない。これは隠語で「男性がマスターベーションをする」という意味。いったいどういう使い方があるんだ“打”には!?(とはいえ打飛機は「対空砲を撃つ」という元の意味からの単純な連想らしいので、深い意味はなさそうだけど)

韓国語で「電話をかける」は、“チョナルル ゴルダ”。“チョナ”は“チョン・ファ”のリエゾン短縮でイコール“電・話”。“ルル”は「を」に当たる接続詞、で、“ゴルダ”はまんま、「かける」の意。日本語で言う「壁に絵をかける」「ブレーキをかける」「望みをかける」「喧嘩を(ふっ)かける」「命をかける」等の全ての「かける」に対して同様に“ゴルダ”が使われるところを見ると、さすが日本語と韓国語は同系統の言語なのだなあと感動してしまう。

しかしひとつ気になるのは、韓国で電信・電話網が、日本の占領時代に導入されたという話(日本国内では後進国に対する文明化の善行として・韓国内では自国の国土開発を自らの手で行えなかったという悔しさの象徴として例に挙げられることが目に付く)。

ひょっとしてこの“チョナルル ゴルダ”の用法は、日本語の“電話をかける”が直訳されて占領時代を通じ定着してしまった、異質な語なのかもしれない。もとから構造の似ている日本語が30年以上も韓国語の上に存在していれば、単純な語彙だけでなく文法や言い回しにも影響を与える可能性は十分あると思える。

……と考えつつ、「電話に出る」の方。こちらは辞書によれば“チョナルル バッタ”となっている。ここで「かける」と同じ“ルル”の接続詞が使われていることに注目。“出る”が“バッタ”なら、「電話“を”出る」となって意味が通らない。“バッタ”は実は、用法に多少のズレはあるが「受ける」という意味。つまり「電話“を”受ける」という表現が、韓国語では電話対応のデフォルト表現なのだ(あくまで辞書での話。実際口語は違う可能性アリ)。

「かける」は日韓で同じでも、「出る」はちょっと違う(意味は通じるが)。これで「電話をかける」表現が日本語の強い影響によるものというラインは相当薄らいだ。やはりただ単純に、日本語と韓国語が電話をかける事に対して同じコンセプトを持っていた、ということだろう。ちなみに日本語の口語で普通「電話する」と言うのと全く同様に、韓国語でも普通“チョナ ハダ”と言われる。

こうして知ってる言語を並べてみると、とりあえずは「電話に出る」方は互いに、ああなるほど、ぐらいの感じで理解しあえる動詞が使われるが、「電話をかける」ほうは、それぞれ相当意味の違う単語を使ってる。各語とも「電話に出る」ほうは、受動的に声を聞くことが主体であるから今までの動詞の意味範疇で対応できたけど、「ダイヤルを回して相手に回線が繋がるのを待つ」という一連の行為を表現できる動詞は、なかなか見つけられなかったということなのかも。



  • 朝シリアル。
  • 昼ラーメン。駅前で350円。店が臭かったが、スープにその臭いが移ってた。というよりスープの臭いが店内に移ったのか。
  • 夜かつどん。