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farsite / 圏外日誌

Gaaoline's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

オデッセイ(火星の人)- 愛のない映画

映画 ジャンル:SF

要はそういうことなんだと思い至った。『オデッセイ』(原題:火星の人)の中には、いわゆる「愛のちから」の描写が無い。その結果、『オデッセイ』は素晴らしいテーマを表現した、むしろ愛に満ちた映画になった。

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あらすじ

火星に取り残されたのでなんとかして帰ることにした。

感想

よく映画の宣伝で使われ過ぎといわれる「愛」だけど、私はそれを否定しない。愛は大切だ。

愛は、人類の普遍的感情=誰もが感情移入することのできるアイテムだ。例え無理だろうが何だろうが、愛する人のために何かをしたいという感情。物語世界の中でそれは、主人公に課せられた大きな障害・葛藤を乗り越え、ゴールに向かって歩みだす重要なカギ、大きな推進力になる。

あるいは仲間との「友情」も愛の形と考えていいし、モノや場所に対する「愛着」も、愛だ。大切な人を守ることも、日常を取り戻すことも、愛ゆえの行為。愛があるからこそ、物語は盛り上がる。それは間違いじゃない。

 

ところがこの映画には、そんな「愛」が登場しない。いやもちろんちょこっとはある。サブキャラクターの家族やちょっとした恋愛、そして主人公を救助に行こうという宇宙船の同僚の決断も、友情=愛の賜物といえるかもしれない。

だが、その同僚を含め、火星に取り残された主人公を助けようとする人々のアクションは、愛ゆえにというより、「なぜなら、それができるから」というシンプルな動機に基づいたものと表現されている。NASAのマネージャーたちも、軌道計算をする学生も、中国航天局の人々も、そして宇宙船の同僚も、「救助の可能性を最大化するために、やれることをやる」人々だ。

 

そして肝心の主人公、マット・デイモン演じるワトニー。彼にはなんと妻も子も恋人もいない。離婚した妻も死別した恋人も、だ。アメリカ映画にはあるまじきことだ。両親はいるみたいだけど、これだけの大事件に巻き込まれてるのに一切登場しない。地球上で待ってる親友も出ない。物語に推進力と感動、奇跡を与える「愛」のきっかけになる要素が、削ぎ取られている。 

その結果、ワトニーに残ったのは何か。ぺらぺら喋るだけの感情の無いキャラクターになったか? むしろ逆だ。

言ってみれば愛や感情は動物にもある。でも、高度な「合理的な思考力」は、人間にしかない。ワトニーは、生きのびるため「合理的に考える」……考察し、計算で検証し、実践するという、人間だけがもつ能力を、純粋に表現するキャラクターとなった。

 

映画の前に原作小説『火星の人』を読んだとき、物語のすばらしさとは別に、ワトニーの人物造形は、ちょっと安易というか、ある意味ノリと勢いで作られた感じがした。原作者のインタビューを読んでも、どうやらそれは当たらずとも遠からじという感じらしい。

ところが映画になって初めて、このワトニーというキャラクターが、見事に作品のテーマを表した存在だとわかった。最後にワトニーが口にする言葉、"Do the math"……算数をしろ、ではなく、「合理的に考えろ」。それが彼のキャラクターのすべてであり、人間性の本質そのものだ。映画は全編通してそれを表現し、映画の制作者たちは、そんなワトニー=人間を、愛している。そう感じられた映画だった。

 

火星愛 

もうひとつ。この映画で表現された火星の光景の美しいこと! 火星の“自然”といってもいい。特に後半の火星大旅行で、水が干上がったような痕跡のある地面が出てきたときには、ぞわっとした。NASAの火星地図サイトによる紹介によると、この場所はまさに、元「川」であったといわれているところだ。

ところどころ、わざと地球の砂漠の風景をほとんど改変せずに入れたのも、案外NASAの意図なのかもしれない。火星には確実に、水があった。その浸食のあともそこかしこに残っている。……そして、今も水があるのかもしれない。

それは、火星探査に対する大きなモチベーションになる。映画の制作者も、NASAも、それを映画を通して感じ取ってほしかったんだと思ってる。

NASAの火星地図サイトはこちら。

http://marstrek.jpl.nasa.gov/

右メニューの bookmark のなかに、ワトニーの大旅行をプロットできるデータが入ってる。左下メニューの3Dモードで火星球上にプロットしてみると、いかに長い行程だったかが実感できる。ちなみにこのリアルな映画の大嘘は、冒頭の「大嵐」とのこと。そもそも大気が大変薄いので、大嵐といっても地球みたいな暴力的な風圧にはとてもならない。

 

翻訳は風間綾平せんせい。学術用語を臆せず出し、早口で喋りまくるワトニーのセリフから合理性・整合性が欠落しないように、短い日本語にまとめる。ドキュメンタリー的な手法が存分に活きた翻訳でした。

 

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