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Gaaoline's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

ピエロがお前を嘲笑う - とても誠実なドイツのハッカー文化映画

なんとも人を喰った邦題になったけれど、単館上映でひっそりやってるドイツ映画『ピエロがお前を嘲笑う』は、びっくりするほどリアルに、ハッカーの生態を描いた作品だ。いやどこまで現実に即しているかはわからない。だけど、映画の中のハッカーたちの行動や思考には、すっごく説得力があるのだ。これは史上最高のハッカー映画じゃなかろうか。

あらすじ

ハッキングしたら捕まった。

 感想

字幕で出していいんだ!

まず何が何が嬉しかったって、字幕として出てくるIT用語・ハッカー用語だ。ほとんどすべて、変な改変をせずに字幕に乗せてくれている。「DDoS」、「ボットネット」、「ゼロデイアタック」、「ダークネット」。スクリプト・キディはさすがになじみがないと判断されたのか「厨房」と置き換えられていたけど、「アノニマス」に加え「ラルズセック(LulzSec)」や「カオス・コンピュータ・クラブ」といった、本物のハッカー集団の名前も、当たり前のように出てくる。「ソーシャル・エンジニアリング」なんて、ほぼ14文字で字幕に収まる幅ギリギリだが、きちんと出してくれた。

妙に物わかりの良い言葉になっていないから、IT業界、セキュリティ業界にかかわりのない人には分かりづらいのかもしれない。けれど、それが映画の世界にリアリティを与えてくれる。『スター・ウォーズ』がセリフに架空の専門用語を出しまくったのと同じだ。ただ、この映画では実際の専門用語が正しく使われ、字幕にもきちんと反映されているのだけれど。

で、そんなリアルな世界観を重視する映画だから、ハリウッドの映画やTVシリーズにありがちなどんなシステムにも侵入し、またたく間に情報を集める超絶テクは使われないし*1、サイバー空間がきれいにビジュアル化されたタッチ操作のディスプレイもない。じゃあ何を使うか。脚だ。

 

走るハッカー

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ハッカーたちは置きっぱなしのPCに直接近づき、誰かに見られないうちに操作して設定を変える。ゴミを漁って従業員の名前を見つけ、それを手掛かりにフィッシングを仕掛ける。警備員を嘘とはったりで騙して館内に入る。サーバールームに不法侵入し、直接サーバーにアクセスする。どんな重厚なサイバーセキュリティも、直接マシンに触られたらおしまいというITセキュリティの超基本的なところを、きっちり抑えている。安易にクラウドだとかAIだとか、そういう言葉を使わない(重要なデータはクラウドなんかに置かれないものだ)。現実のITの用いられ方にきわめて即した形で、劇は進行する。

そして脚を使うからこそ、この映画は動きのあるエンタテイメントとして成立している。衆人環視の空間でギリギリの「ハック」を行うスリリングさ! らんちき騒ぎのパーティ会場にやってきた警察から走って逃げる高揚感! 作劇に便利な安易なフィクションを排除した結果、むしろ映画の面白さが増すことになったわけだ。これは面白い!

 

ハッキングとは

そして、この映画の最大のリアリティは、キャラクターの行動原理だ。この映画には、一片たりとも「正義」や「善」がない。悪さをしていた主人公が出所不明の良心にかられ、最後の最後に正しい行いをすることはない。主人公を突き動かすのは、あくまでハッキングの楽しさ、仲間意識、自尊心にライバル心、それからよく言えば内気な青年の微妙な恋心、率直に言えばモテたいという意志だ。物語は、若者たちがハッカー文化にハマり、失敗や軋轢を乗り越えて「悪さをする」青春を描ききっている。善や正義などなくても、人は成長できるし、映画になるのだ!

ドイツに生きるハッカーの文化、生態をきっちり描いたからこそ、この映画は地味だけど夢中になれるエンタテイメントになっている。そのうえで、ハッキングとは何かを、強烈に示してくれる。

 

映画には、「サイバースペースとミートスペース(現実空間)*2の両方を楽しめ!」というハッカーの標語が出てくる。

グラハム・ベルの電話の発明以来、ITシステムは人類社会というシステムを支えるために開発され、いまや社会と完全に一体化して存続している。ITなしには世の中は成立しない。とすると、ハッキングという行為は、ITの中で完結するものではなく、不可分のミートスペースに対して行われることになる。つまりハッキングとは人間の心にアクセスし、だますこと。ソーシャル・エンジニアリングこそ、ハッキングだ。

そしてこの映画は、その実際の例を示して終わる。この映画そのものが、ハッキングなのだ。

 

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*1:1点、簡単にローカルな送電線システムに侵入するのは、理論上できたとしてもさすがにやりすぎかと思った。

*2:ニール・スティーヴンスンが90年代に書いた近未来SFの言葉が、いま、現実で使われてる!