2009年に起こったソマリア沖の海賊による人質事件を描いた映画。日本版のポスターにでかでかと載ったトム・ハンクスのドヤ顔に、例のごとくヒューマンな内容なのかと思ったら、あにはからんや! ものすごくストイックなアクション・スリラーだった。これは嬉しい誤算。
あらすじ
アメリカ船籍の輸送船がソマリア沖で漁民崩れの4人の海賊に襲われたので、米海軍は駆逐艦2隻、強襲揚陸艦1隻、特殊コマンド部隊(SEALs)をもって徹底的に叩くことにした。輸送船のフィリップス船長、海賊は怖いわSEALsは怖いわで大パニック。
感想
リアルで燃える操船機動、驚くべき海賊防御策
もうメカ描写が燃える! まずは冒頭、マースク・アラバマ号の出航の細かな描写でがっちりつかまれる。積み荷を「ボックス」と呼んだり、離岸時にきっちりバウスラスターを入れるシークエンスを挟んだり。『アンストッパブル』でもそうだったけど、冒頭のリアリティの積み上げが、後半のスペクタクル描写に効いてくる。
アフリカ東岸沖でレーダーに海賊船の反応がでると、そこからはもう手に汗握りっぱなし。細かなコース変更による相手の意図の判別、機関部と連携しジェネレーターの出力を上げ、偽の無線交信で敵をあざむく。双眼鏡に見える敵影、機関のリミッターを外して推力全開! しびれる。
こういった描写はむしろ、SF作品でなじみがある。『新スタートレック』や『ギャラクティカ』の宇宙艦戦闘の描写だ。架空の「宇宙船」が現実の船をいかにトレースしていたかがよくわかる。敵が接舷距離に入ったときの全方位散水防御は、思いがけずD型エンタープライズが対ボーグ戦で使った反物質スプレッドを思い出してしまった(わかんねーよ)。
いつしか海軍祭りに
後半、スペクタクルはミリタリー方面でエスカレートする。NATO軍の海賊対策タスクフォース、第151合同任務部隊に属する駆逐艦USSベインブリッジ、USSハリバートン、そして旗艦である強襲揚陸艦USSボクサーが、怒涛のように現れる。空には無人偵察機スキャンイーグルが優雅に舞い、NAVY SEALが闇に紛れてパラシュート降下する。
たった4人の海賊対策に、この軍事オペレーション。これが実話なんだから、燃えると同時に、あまりの豪華さに笑ってしまう。巨艦に囲まれるちっぽけなボートの絵は、アメリカとアフリカの非対称性を印象づける。
ちなみにこの部隊の司令官はアフリカ系女性軍人、ミシェル・ハワード提督(少将)。こんな映画映えしそうな人物が声しかでてこず、それが残念だ。
トム・ハンクスはどこで活きるか
こんなガチのミリタリー・アクション・スリラーで、じゃあ演技派トム・ハンクス先生が出る意味はどこにあるかっていうと、結末に集約される。海賊とともに10mもないボートの中で、特務部隊の狙撃銃に狙われるものすごい緊迫感と絶望感、そして解放された際のショック状態。彼の見せる表情は忘れがたい。
この映画はドキュメンタリータッチで、ソマリ人の海賊をドライに描く。常に苛立ち暴力的で、知恵も無くカートの葉に酔うクズ共。中には靴すら履いていない少年もいる。彼らの悲惨な境遇に関する説明じみた会話や、お涙頂戴な心の交流は描かれない。
描かれないからこそ、トム・ハンクスの恐慌をきたした演技には、彼らへの想いがあふれ出て見える。それは単純な同情とか共感とか呼べるようなものじゃない。もっと複雑な、喪失への恐怖と悲しみだ。
SEALに狙われれば、間違いなく血が流れる。自分が撃たれるかもしれないし、海賊の命は、確実に目の前で吹き飛ばされてしまうだろう。その現実を目前にし、彼の手は震え、目は委縮し、口はろれつが回らなくなる。
その演技が想像力を激しく喚起させる。家族や友人があり、貧困からの脱出を想い、向上心もやさしさもあるだろう、若者たちの命が喪われる不条理、絶望を。
この素晴らしい演技があって、極上のストイック・アクションは見事に締めくくられた。
いまの戸田奈津子せんせいは違います
本作の字幕翻訳は戸田奈津子。ただ、最近の作品はみなそうだが、編集・修正が相当入っているんだろう、戸田せんせいの字幕の天才的なリズム感、特有の言語感覚は、相当薄らいでいる。
もちろん、修正が入るのは専門用語のミスを避けるためだ。この映画でも用語の取り違えや違和感*1はなく、翻訳はきれいに流れる。まあ軍事マニアはそれぞれ一家言持ってるので、文句はなんとでもつけられるだろうけど。
ただ、用語のミスがなくなると同時に、戸田せんせいの才能まで見えなくなってしまうというのは、なんとも寂しい。
*1:ちょっと違和感あるかなと思ったのは、"High speed manuever" を「ハイスピード作戦」と訳したところだった。ただ意味は正しく、誤訳ではない。マニューバの概念は訳しづらいし、他の翻訳者でも同様に訳すことはあると思う。