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Gaaoline's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

『チャッピー』キリスト教の倫理観

個人的にこれを『ロボコップ4』と呼ぼう! ロボットの在り方はロボコップとほぼ同じ、ただ違うのは、ロボコップがロボットから人間への回帰だったのに対し、本作が新しい知的種族の発生を描き、テーマが外に広がっていくことだ。

あらすじ

荒廃した南アフリカでは、人間の警官に代わり高度なロボットの導入が進んでいた。その開発者デオンは、ついに人間に近い人工知能の開発に成功する。しかし彼はギャングのニンジャとヨーランディたちに誘拐され、その場で捕獲されたロボットに人工知能がインストールされてしまう。目覚めた彼、チャッピーは、驚異的な速さで知能を獲得していく。一方デオンのライバル、ヴィンセントは、知性ロボットの存在に脅威し、抹殺を試みるーー

感想 

冒頭10分の警官隊の戦術的ロボット運用で、とにかくしびれた。ロボコップの続編で観たかったのはこれだ! という感じ。これで満腹。だから、あとは逆に不満が募ってくる。

たとえばこの物語は『アルジャーノンに花束を』と同じ、急速に知性を伸ばしていく存在がどうなるか、というテーマを持っているんだけれど、その描かれ方、特に「理解」のありかたの表現が物足りない。その他にも描きたいものが盛りだくさんだからだ。

物語の終盤もおなじ。まったく新しい世界の始まりを描くにしては、中途半端に小さく終わってしまった。マフィア役のニンジャとヨーランディがミュージシャンで、ふたりのプロモーション的な映画でもあるから、その配慮もあったのだろうか?

世界の変容を描くとても真摯なSFだから、もっともっと驚き感動したかったのに、表現したいことはもともとSFに慣れているせいもあってよく分かるが、映画の表現としては、いま一歩きちんと見えてこない。

キリスト教の生命観

いろいろあるけど、いっぽうで今回妙に目について特に引っかかったのは、ライバルのヴィンセントの存在だ。彼は露骨に、キリスト教的な存在として描かれている。ちょっとうっとおしいぐらいだ。いきなり教会に来いとPRしたり、なにかと胸の前で十字を切ったり。

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ただそれが、彼の凶行の動機にもなっている。訳出はされなかったが、彼がチャッピーの知性を知ったとき、彼は神に背いているとか、そういった類のセリフを吐いている。もともとデオンの成功を妬んでいた彼が一線を越え凶行に及んだのには、彼なりの倫理観があり、そこに正義を見出したからだ。

この信仰に基づく古い正義、他者に対する非寛容と独善が、明確な「敵」の姿だ。終盤、彼はチャッピーの復讐にあう。四肢を捻じ曲げ倒れた彼の姿は、まるで鉤十字のようだ。

このしつこいまでの描写が、少々鼻に突いてしまった。新しい種族が乗り越えるべき障害を、こんなふうに単純な「敵」に落とし込んでしまっていいのだろうか? もう少し深い描き方もあったのではないだろうか? そう思ってしまう。