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Gaao Line's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

キングスマン:格差社会の怨嗟を込めたからこその傑作

ある意味すっごくしんどい映画だった。傑作であることは間違いなくて、とってもフザけた内容で、スタイリッシュに描かれたスパイアクションだ。だけど、その毒に満ちたファンタジーは、劇中挿入される現実のイギリス下層社会に鬱積している感情の発露だ。イギリスの表の顔、「紳士の国」を前面に出しつつ、物語の芯は、その裏の顔である階層社会の下層にうずまく、巨大な怨嗟でできている。

以下ネタばれ。

Law&Order: UKと合わせて観ると……

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この映画とちょうど同時期にSuper! Drama TVで放送されている英国刑事・法廷ドラマ『Law & Order: UK』は、アメリカ版以上に、イギリス下層社会の貧困が、丁寧に、ものすごくリアルに描かれている。低所得者がどんな環境で暮らしどう荒んでいくか、その子供がどうドラッグや犯罪に引き込まれていくか。抜け出しようのない寒々とした絶望が伝わってくる。(特に第3シーズン6話『未来への選択』は凄い)

この映画で描かれている主人公の境遇は、Law&Order: UK に描かれている現実とまったく同じだ。90年代はまだ中流の家庭だったのが、2014年になり母親は再婚相手の暴力に支配され、完全に下層に落ち抜け出せなくなっている。才能があるのに進学もスポーツも諦め、ただただ鬱屈した生活を送る主人公。ギャングまがいの継父に力で押さえつけられ、犯罪と暴力による死が身近にある世界……。

これが当たり前の英国なのだ。21世紀の貧困と暴力の世界なのだ。こんなコミカルな映画だけれど、Law&Order: UK と同じぐらい、英国の、目をそむけたくなる現実をきっちり描いている。

巨大な怨嗟の発露

だから、この映画のストーリーや演出は、英国流のスタイリッシュ・アクションだとか、モンティ・パイソン以来の風刺の伝統*1だとか、そう単純に言えたものじゃない。もっと直接的に、社会への怨嗟を吐き出したものだ。

選民思想で自分たちだけ生き残ろうとするエスタブリッシュメントを皆殺しにする。黒人の大統領だろうが容赦しない。殺し合いの大混乱に陥れられた世界も、投げっぱなしで一切救いを与えない。

そして、映画は血筋と美貌だけで頭空っぽの北欧の女王のケツを掘って終わる。

恨みだ。恨みがこの映画には渦巻いている。世界なんてグチャグチャになって終わればいいという自暴自棄が感じられる。

胸が苦しくなる。この怨嗟をどう受け止めたらいいのだろう。このイギリスの情景は、日本の来るべき世界、いや、すでに日本も片足を突っ込んでいる世界ではないのか?

 

紳士の「マナーがひとを作る」という言葉は、原作者マーク・ミラーの、精一杯のポジティブなメッセージだったのだろうか。固定化された格差社会の中でも、正しく生きようとすれば、良い結果が出てくるかもしれない。そう思うしかない。

だが、並大抵のことではないのだと思う。主人公がついに継父をやっつけるのは、彼が世界を救ったあとだった。自分の劣悪な生活環境に打ち勝つことは、世界を救うことよりも難しいのだ。

 

ウルトラヒーロー500 ウルトラマンキング

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*1:この英国コメディといえば何でもかんでもモンティ・パイソンを持ち出すの、そろそろやめにしたい。英国TVコメディはあれ以来も進化し続けてきたはずで、日本でいえばなにかにつけてドリフターズを出すようなものじゃなかろうか。