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Gaao Line's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

映画感想『パシフィック・リム』 誰もが夢見たのに、誰も観たことのなかった絵

パシフィック・リム』は、太平洋から次々と現れ沿岸を襲う100mはあろうかという巨大怪獣(Kaiju)と、人類文明の破滅を防ぐため開発された巨大ロボットの闘いの物語だ。

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とても面白くなるとは思えないと、思ったんだけど

正直、気に入らなかったのだ。だって怪獣好きだから。一体ならまだしも怪獣VSロボットって、日本の特撮やアニメでなんとか様式美的に許されてるジャンルだ。映像の密度の高い=求められる“現実感”が段違いの米国映画でやって、こちらが白けずに映画世界に引き込まれるだけの映像になるのか、と。

事前の情報を見ると、ロボットは実写としてリアリティーが出るとは思えない80mなんて設定だし、デザインもダサい、戦闘シーンはガチャガチャうるさく状況がわかりづらい。コックピットも役者の会話劇とアクションを補うために無理やり複座・モーションコントロールにしたようなもので、安っぽいじゃないか! ネットでは日本の特撮リスペクトだともてはやされてるけど、そんなものは手塚がディズニーから影響受けたのと同じ話だ。こんなのハリウッド映画、たとえIMAXで観たってたいして面白くないハズ!

 

が、始まって1分で引き込まれてしまったのだった。ちくしょう。

 

圧倒的な正義の力の存在感

心をつかまれるのに必要なのは、たったふたつだった。

ひとつめ。ナレーションで語られる、ロボット開発の経緯。もうどんなにバカにされたっていい、特撮を見続けて染みついた性だろう。聞くだけでシンプルに燃えるのだ。「怪獣に立ち向かうため、人類ははじめて争いを捨て、協力し巨大人型兵器を開発した」という設定が!

全人類が一つの目標に向け突き進む。そこには迷いも猜疑も皮肉も無気力もない。そういう本来ドラマに必要な葛藤を開始直後に打ち破り、純粋な正義、人間の前に進む力を、何の衒いもなく発信する。やっぱり、こんな高揚感を得られるのはSF侵略モノ、怪獣モノというジャンルしかない。このジャンルでしか見られない設定を、ちゃんと見せてくれる。そう悟った瞬間、期待感がガンと上がる。

ふたつめ。その装甲板の存在感だ。操縦士がロボットの10mはある頭部コックピットに乗り込むと、切り離されていた頭部が基地を降下し、本体と合体する。その一瞬だ。巨大な頭部が、更に巨大な本体と結合するその重みの表現、さらにそれをロックするため展開する、分厚い装甲板の動き! その重量感といったら!

サンダーバードの昔から見せ場としてつくられてきたメカの発進シークエンス。ミニチュア特撮でも、セルアニメでも、創意工夫で様々に表現されてきた。しかしいま、このフルCGIの鋼板に与えられた、厚み、重み、鋳造痕、剥がれた塗装、重なりあう音……この存在感は、これまでどんな作品でも作り出すことができていなかった。ほんの一瞬の、ディティール表現にすぎない。でも、その見たことのない映像に、心奪われてしまったのだ。

 

初めて観る絵、それがすべて

いままで見たことのなかった映像が観られる。それが特撮の醍醐味だと思ってる。あり得ない風景、空想の中の情景が、驚くべき構図・視点で、かぎりないリアリティを持って目の前にあらわれる。1秒足らずのシーンに見える1枚の鋼板の持つリアリティが、どんどんと積み重なって、「世界じゅうの国が協力」した「80mの巨大ロボ」という大ボラを、ホンモノの、自分の目の前に立つヒーローに変えてしまう。

だから特撮はやめられない。ずっとそうだった。ウルトラマンがどんなにチープなミニチュア撮影であっても、30分に1か所だけ、あっと思えるリアルな絵、リアルな視点が潜んでる。この映画もまったくおなじだ。

いきなりガッツり心をつかまれちゃったんだから、あとはもうノリ。緩急に欠けた音楽も鈴木凛子のビミョーな存在感も許せる。やっぱり格闘戦のモーションはガチャガチャしてるし、リアリティの鬼門たる晴天の環境下での戦闘からは逃げてるけど、一瞬、また一瞬と、今まで見たことのない絵、観たかった画像が、スクリーンにあらわれる。それで十分。とても幸せな体験だった。

 

翻訳もさすが!

字幕翻訳は重鎮松崎広幸せんせい。中国ロボ クリムゾン・タイフーンの必殺技 "Thundercloud Formation" を 『雷雲旋風拳』と大見え切った訳語にしたのはまさにプロの仕業。なにしろ画を見れば腕から回転するソーサーだして殴るんだから文句のつけようがない。字を訳さずに映画を訳すとはこういうことだと思った次第。