これはエピソードをもっと観たいな。観るべきだ、というのが、観終わっての感想だった。

機動警察パトレイバーEZY、80年代に始まったパトレイバーシリーズの最新復活作。自分にとってはコミック版がファーストコンタクトで、ゆうきまさみ氏のストーリーテリングに完全にやられた作品であった。そこからOVAシリーズ、映画版、TVシリーズと追い続け、サンデーっ子だった自分の青春として生きている。
それから幾星霜、復活の話が出てから随分経ってようやくリリースとなった本作。不安がなかったわけではないけど、実際劇場まで足を運んでしまって、その絵、その語りを体験すれば、なるほど、やる意味のある作品なのだなとわかる。
そこには多分の懐古もあった。それゆえのとっつきにくさもあった。しかしそのうえでも、1エピソードごと独立して完結するTVシリーズのフォーマットの良さを想い起すことができた。
配信ドラマ全盛の世の中になって、日本のドラマも、米国のドラマも、そのフォーマットは大きく変わった。米国のドラマは、予算と品質の都合等で作品ごとの話数は24話ではなく12話以下のショートシリーズ、1話完結でなく一気見前提のストーリーアーク型(1本の映画を数話に分割したような形式)が当たり前となってしまった。日本のアニメやドラマには疎いけど、その傾向は似たりよったりだろう。
パトレイバーEZYは、そんな時代にあって、本来のTVシリーズの面白みを思い出させてくれた。ぶっちゃけて言えば、全部の話が一見して面白いわけじゃあない。それぞれ特長があって、それぞれのエピソードであーだこーだ、あれがいいこれが悪いと言える楽しみだ。
本作でいえば、第2話だ。EZYは旧作のように主人公の組織が立ち上がるところから始まるのではなく、すでに出来上がった状態でいきなり物語を始めるため、当然ながら説明不足の部分がある。それを解消するために、2話では個々のキャラクターの紹介も兼ねて、ちょっと技巧的に凝ったシナリオを持ってきたのではと思う。
その結果は、いやーどうなんですかね? ファンサービスで劇場版のレイバーを出すというネタに引っ張られた感もあるけど、やはり各キャラクターの独白に近い”妄想”という表現よりも、ストレートにキャラ同士の掛け合いがあるエピソードにしたほうが、わかったんじゃないかと思うんですけどね。
ただ、こんな感想も、別の人の感想を聞けば、全然違う長所や技巧的な面白さが発見できるかもしれない。もう一度観返したいと思えるかもしれない。第1話も、第3話もだ。
それが、1話完結の面白さだ。長年ファンをやってる新スター・トレックやLaw&Orderシリーズで強く感じていた面白み。おなじ作品世界でありながら、個々の脚本や演出のディティールを見て、次々と語りあうことのできる面白さ。
こういう面白みが復活すればいいのに。そんなことを見終わって強く思った。パトレイバーEZYは3回のイベント上映で、全8話構成だそうだ。初期OVAシリーズよりは話数が多いが、この物語、この世界の「良さ」は、話数を重ねれば重ねるほど醸し出されてくるはずだ。もっと観たい。そう思える最初の3話だった。
余談:ぶつくさ
前述のように、今回は最初から主人公のチーム、第二小隊がワークしているという前提で物語が始まるのだけど、キャラにエキセントリックな設定がないぶん、おとなしすぎてキャラがつかみづらいのはいかんともしがたい。じゃあかといって社長の息子だの発砲マニアだのを今の時代に出せばよかったかというと、あの完成された、30年後という世界観には合わないし……。難しいねえ。
そういう意味で、演技も結構難しいラインだったんじゃないかと思う。特に主人公は明るく派手に叫ぶ演技が多かったが、それがあの妙に老成した(そりゃ老成してるよな)世界観からちょっと浮ついてるようにも感じた。しかし、これも話数を重ねることでケミストリーが生まれ、演技と世界観がフィットしてくるはずなのだ。そういう意味でも話数を続けてほしい。2話で垣間見た課長と第一小隊隊長との掛け合いとか、ぜったい面白くなりそうだもん。
余談2:第3話
第3話は、漫画版のエピソードを下敷きに某作家が好き放題肉付けした作品になってる。ほんと好きにやりやがって。東地キャラ(スパドラ後期を生きた海外ドラマファンは東地宏樹と甲斐田裕子の声は寝ててもわかる)の楽しげな演技もみられて楽しかった。
ただ、キャラの絵がゆうきまさみ作品にいちばん寄せられてるんだから、もっとコミック版のテイストに近いやつで観たかったよねえ! あの独特の抑制的な外連味と言いますか。そういうエピソード、来るかしら? 宇宙開発と労働争議のエピとか。
余談3:イングラムのデザイン
主役機イングラムデザインは旧シリーズとほぼ変わっていないのだが、あの時代のロボットにありがちな「太くて長い脛」デザインに新しい面白みを感じた。
脛を長く描くのは、巨大感を演出するための昔からの技法なのだと思う。ところが今作では、それが標準の人型体形から離れた、人型重機特有の低重心機構であるように見え、そこにリアリティを感じてしまった。
それはCG作画になって今までにないアングルからの挙動が見れたことと、この数年で等身大ロボットが普及し「本物」の解が得られたからこその感覚なのだと思う。
そういえば漫画版1話でイングラムと同じバランサーを搭載していると語られた4脚レイバーも、ふっとい脛だったなあ。なるほど当時からそういう意図だったのかも。