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なぜ彼らはこうも明るいのか - スター・トレック:ストレンジ・ニュー・ワールド 1-1話

彼らは明るい。『スター・トレック:ストレンンジ・ニュー・ワールド』のプレミアエピソードを観ての第一印象だ。新生エンタープライズの乗組員たち――設定的には、初代『宇宙大作戦』のエンタープライズの前任クルー――は、みな明るく、笑顔を絶やさない。もちろんパイク船長やラアンのような暗い過去を追ったキャラもいるが、それでも皆自信に満ち溢れ、まっすぐ前を向いているように見える。

 

ストレンジ・ニュー・ワールド ブリッジクルー

そもそも、1966年に放送が始まった最初のスタートレック、『宇宙大作戦』は、牧歌的な未来像が背景にあった。古典的なスペースオペラ小説の流れを汲み、科学への信頼とともに「カウボーイ的な正義」への信頼が厚かった時代のSFテレビシリーズだ。国家間の争いも貧富の差も人種差別もない、理想的な未来の地球で生まれ育った人々が、宇宙のフロンティアを探検し、自分たちの正義をよりどころに問題を解決していく。

 

だが、時を経てそのような未来描写は、現実にそぐわないものとなっていった。80年代末から放送された『スター・トレック:ザ・ネクストジェネレーション(新スタートレック)』では、60年代のカーク船長のアンチテーゼのように、ピカード艦長が直面する多様な星間外交、政治、倫理問題に思い悩み、眉間にしわを寄せる。複雑な問題を、単純に解決することはできないのだ、というのが通底する価値観だ。その流れを更に継いで、『スター・トレック:ディープ・スペース・ナイン』では、シリーズ後半に巨大な星間戦争が勃発し、極限状態での倫理の崩壊が描かれていく。*1

 

そうやって、時代と共に価値観を変化させていったスター・トレックが、50余年の時を経ていま再び、最初の『宇宙大作戦』の直前の世界を描く。とすると、作品世界的には、登場人物は旧作と同じく牧歌的な価値観を持った人々でなければならない。しかしそんなキャラクターは、"いま"の時代にアリなのだろうか? この閉塞感あふれる時代に、なぜ彼らは、自信に満ち溢れ、牧歌的でいられるのか?

 

実はそれこそが、本作第1話の「SF的な価値観の転換」だ。

 

物語では、1世紀に渡って内戦状態にある惑星に囚われてしまったエンタープライズの元乗組員を救出するため、パイク船長らが惑星に降下する。そこで、一触即発の危機にある惑星の市民らに、彼は語りかける。地球人が、こうやって異星人と共に宇宙を自由に飛び回るまでに体験した戦争の歴史を。

 

スター・トレックの長大な物語の中で断片的に描かれてきた、21世紀に起こった優性戦争、第三次大戦といった架空の歴史が、現実の21世紀……米国での(また世界中の)社会分断による対立という状況に直接結びつけられ、いまある惑星連邦と地球の文明は、分断が生み出した第三次大戦からの復興を経て、ようやくもたらされたものだと、明確に語られる。*2

 

そこで気づくのだ。彼らの明るさの根拠を。ストレンジ・ニュー・ワールドに登場する人々、そして宇宙大作戦に登場していた人々は、最悪の歴史を乗り越え、それを繰り返すまいと誓っているからこそ、まっすぐ前を向き、自身に満ちた顔をしているのだ。彼らは種族として、明るくいなければならないのだ。

 

彼らの笑顔は、本作のストーリーの一部、テーマそのものだ。

 

このSFエピソードで視聴者が置くべき視点は、実はエンタープライズ=人類側でなく、彼らの訪問先の未開の異星人にある。物語は訴えかける。いま、このままの社会分断が進めば、スタートレックの人類のように、最悪の事態が待っている。大戦争を経験せず、豊かで明るい未来を作り上げるには、どうすべきなのか。

 

シンプルなメッセージだ。しかし、だからこそ新生スター・トレックの第1話にふさわしい。

 

スター・トレックは、常に人類のあるべき姿を描いてきた。『宇宙大作戦』では牧歌的な未来像を、『新スター・トレック』では物事を単純化せず多様性を受け容れるべき道筋を、直近の『スター・トレックディスカバリー』では、分断された世界で多様性を内面化した人々の力強い団結を。*3

 

そして『ストレンジ・ニュー・ワールド』では、人々が最悪を乗り越えて勝ち取るべき、ごく基本的な、「明るい未来」の姿を示す。分断の時代、不透明な時代にこそ描かれるべき未来。それが、パイク船長たちのエンタープライズだ。

*1:テクニカルには、競合番組である『バビロン5』が星間戦争ネタで成功していたという背景がある

*2:更に言えば、その後の架空史ではジンディやクジン、ロミュラン、クリンゴン等の異星人との大戦争もあったことになっている

*3:スター・トレックのオマージュ作品である『宇宙探査艦オーヴィル』は、実はディスカバリーやストレンジ・ニュー・ワールドの裏返しだ。作品の第3シーズンでは、新スタートレックで示された多様性に満ちた社会が30年経って実現するどころか崩壊しかけている現状に対し、ストレートに怒りをぶつけている。