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Gaao Line's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

ヨガ雑感

いま日曜の13時。ヨガをやってきた。コギャルと即身仏のあいの子みたいな先生なんだあれむっちゃハードだな。前回と同じ初歩コースなのにお説教少なめなぶんバッキバキにストレッチされたわ。


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しかし前回、つまりこのヨガスクールに入って第1回目のほうは、商売という意味である意味面白かった。その先生はレクチャー中ずーっとベラベラヨガの思想面、つまりいかに心を癒やすのか、という点を語っていたのだ。今回もある程度語ったが、心にもう一人の自分を持って観察せよとか、前後で心の有り様を注目せよとか、ポーズ作るのも無理をするな自分に意地を張るなとかそんなこと。

これを聞いて、ははあ、なるほどヨガは勝ったのだと身にしみてわかった。体を治すのであれば、現代ヨガがニューヨークに生まれる前から当地ではいろんな女性向けストレッチや体操講座があったわけだ(ドラマ『マーベラス・ミス・メイゼル』に出てくる謎の婦人体操とか、面白い)。エアロビクスだのタイボーだの、それぞれ今もやり込み続けられる深さを持っている。

でも、ヨガはその目的、存在意義を明確に「体ではなく心をつくる」と定義した。ごく恣意的な定義ひとつで競合ひしめく体操マーケットから抜け出し、「エクササイズ界のナンバーワン」でなく「ヨガ。オンリーワン」という価値を纏ってしまった。マーケティングの勝利、プロモーションの勝利だ。

 

インストラクターの人たちはたぶんそんなこと1ミリも考えずにそれぞれ求道の心でヨガをやっているんだろうが、まあハックされたわけ。心を。地球ぜんたいそう。ヨガ体操のマーケティングワンアンドオンリーの価値を打ち立て地球に君臨し、この先かなり長いあいだ、人類の文化のひとつとして存続するだろう。

そんなことが、レクチャーのあとの瞑想タイムに湧いてくるのだ。何が心を無にしろだよ思い浮かぶのはカネ・カネ・仕事。結局どう儲けるか。はーやだやだ。